村田沙耶香の芥川賞作品『コンビニ人間』が問う“普通”(若干のネタバレあり)
こんにちは、たき子です。
友人から借り、遅ればせながら読んでみた村田沙耶香の小説『コンビニ人間』。
2016年、155回の芥川賞受賞作です。
忖度できないために起こる問題行動
読みはじめてすぐに、主人公古倉恵子の、いわゆる“問題行動”に仰天。
「普通の家に生まれ、普通に愛されて育った」にもかかわらず、古倉恵子の奇妙な性格は、いずれ猟奇殺人でも犯しそうにみえます。
でも、読みすすめてゆくにつれ、古倉恵子の場合、多くの猟奇殺人犯にありがちな理由で問題行動をおこしているわけではないのだという事がわかってきます。
古倉恵子は、人を傷つけることにより得られる恍惚感がほしいわけでも、世の中へ逆恨みしているわけでもありません。
単に、物の善悪がわかっていないのです。
言わないとわからない、空気を読めない。
最近話題に上っている『忖度(そんたく)』できないんですね。
動機の多くは「誰かのため」
古倉恵子は、さまざまな場面において、まるっきり忖度できません。
忖度できないうえに、古倉恵子にとっては理屈が通っています。
けんかを止めてと言われたからスコップで頭を殴ってケンカを止めた。
効率のよい方法で目的は達成されました。
そんな古倉恵子の思考は理論的だとすら思えます。
思えますが、だからといって支持できるものではありませんが。
泣く赤ん坊をあやす妹を見て、
“静かにさせたいだけなら簡単なのに”
と思いながらテーブルの果物ナイフに目をやる場面などは本当にゾッとします。
皮肉なことに、忖度できない古倉恵子が“問題行動”を起こす理由は、往々にして誰かのためであったりします。
誰かのために何かをしようとすればするほど古倉恵子は“問題人間”扱いされ孤立してゆくのです。
「真似」で人間らしさを獲得
回りを心配させまいと、古倉恵子は「普通」の人間としてひっそり生きようとします。
人を観察し、人の真似をするという手法を身につけ、「人間らしさ」を獲得して暮らしてゆくのです。
そして古倉恵子は、コンビニ店員という仕事に居場所を見出だし、あたかもコンビニが安住の地であるかのような安らぎをを覚え、コンビニ店員でいることにより人間らしさを保って平穏な暮らしをおくるのですが、回りはそんな彼女をほうっておいてはくれません。
妹や友人や同僚たち。
回りの“普通”の人たちは、古倉恵子に自分たちと同じような“普通”を求め続けます。
求め続けられる「普通」
37歳なのに正社員として働いたことがなく、ずっとコンビニで働いていること。
恋愛経験がないこと。
そういった『普通』ではないということを理由に、「このままじゃいけない」と、“親切”に助言してくれるのです。
今の時代、非正規で働いている人は山ほどいるし、恋人がいない割合も増え続けているのですから、そんなこと位で、皆でよってたかって責めるかなあとは思いました。
引きこもっているわけでもなく、働いて自活しているやん、と。
でも、こうした描写は社会をデフォルメしているのでしょうから、ちょっとした違和感はさておきます。
明確な悪意を突きつける白羽
もやもやしている古倉恵子の前に現れたのが白羽です。
白羽は、コンビニで働くことをバカにしながらコンビニでバイトをし、自分がバカにしているコンビニからクビを言い渡されます。
こんな男性が実生活で身近にいたら絶対かかわり合いになりたくないタイプです。
白羽は、自分の事は棚に上げて、古倉恵子を「未婚」「処女」「コンビニ店員」の三重苦だと罵倒します。
彼にとって古倉恵子は同族嫌悪の対象なのでしょう。
皆が遠回しに“助言”してきた「親切」を、白羽は明確な「悪意」で突きつけ、嫌悪感あらわに古倉恵子を責めたてます。
でも、小説のキャラクターとしては白羽、美味しいんです。
何が美味しいって、男女の関係性の由来をすぐに縄文時代にさかのぼって語り始めるあたり、ヘタなコントよりずっと面白い。
白羽の出会いにより、古倉恵子の平穏なコンビニ店員としての生活は乱され、やがて…その先は本当のネタバレになるので割愛させていただきます。
「普通」という名の凶器
小説『コンビニ人間』を読み、非現実的な話だと思う人もいるかもしれません。
確かに特異な面はありますが、突きつけられているのは決して珍しいことではないように思います。
「普通」じゃない人を作り、「可哀想」な人を作り、基準を外れた者を攻撃しようとする「普通」の人たち。
白羽のように言葉で殴ろうとする人。
言葉で殴らなくても視線や態度で殴る人。
優越感にひたり、親切という隠れ蓑を着て近付く人。
面と向かって言うおせっかいな人もいるし、陰でこそこそ言う人もいるし。
「40歳近くにもなって一度も結婚したことないって、どこか欠陥があるのかって思うよね。ねっ」
「結婚せず子どもも生まない人生って寂しいよね」
「同性愛とか気持ち悪いよね」
「中国人や韓国人って性格が悪いよね」
「支援学校の人が電車で隣に座ると怖いよね」
そんな言葉でランク付けするのが大好きな「普通」の人たちは、笑顔で同意すら求めてきます。
自分の価値観でしか物事を見ることができない、自分が正しいと信じて疑わない「普通」の人たち。
どこかで聞いたような、借り物の価値観で人を判断しようとする人たち。
その創造力の無さに時々げんなりします。
回りを心配させまいと、自分を抑えて生きる古倉恵子と、普通を押し付ける普通の人々と、どちらがまともなんだろうと思わずにはいられません。
ほうっておいてほしい時もある
2013年に日本テレビで放送されたドラマ『泣くな、ハラちゃん』で、麻生久美子演じる越前さんがよく歌っていた歌を思い出しました。
世界中の敵に降参さ 戦う意思はない
世界中の人の幸せを祈ります
世界の誰の邪魔もしません
静かにしてます
世界の中の小さな場所だけあればいい
おかしいですか
人はそれぞれ違うでしょ
でしょでしょう
だからお願いかかわらないで
そっとしといてくださいな
だからお願いかかわらないで
私のことはほっといて
皆が同じ方向を向いていないとそんなに安心できないのでしょうか。
芸能人の不倫も離婚も、ほうっておいたらいいのにといつも思います。
誠意がないと責める権利のあるのは迷惑をかけた自分のパートナーだけなのに。
と偉そうに語る自分への自戒も込めて、小説『コンビニ人間』の提唱する、“普通”というものの危うさを忘れないでおこうと思った2017年夏です。

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