【ネタバレあり】小説・流転の海~最終章『野の花』に自身の裏切りが重なる
宮本輝の自叙伝的小説
こんにちは、たき子です。
今日は、ある小説の話です。
ある小説とは、宮本輝の『流転の海』シリーズ。
『蛍川』で芥川賞を取ったこともある宮本輝の自叙伝的小説です。
この小説を読んだ事のない方や、今後読むつもりがない方にも伝わるように頑張りますので、よろしくお願しますm(__)m
執筆37年・全9巻の長編小説
私がこの小説に出会ったのは15年ぐらい前。
同僚にすすめられてのことでした。
当時4巻までしか発売されておらず、その後数年に一度のペースで新刊が出て、先だっての10月31日、第9巻『野の春』をもって完結しました。
執筆は実に37年。
この長い小説の総括は、いろいろありすぎて、とても私にはまとめられる技量がありません。
宮本輝の父をモデルにした松阪熊吾という一人の男性の半生であり、父と子の物語であり、母と子の物語でもあり、夫婦の物語であり、家族の物語であり、戦後史でもあります。
松阪熊吾という波瀾万丈な人生を生きた男を通じて、実にさまざまなドラマが描かれているのです。
1200人を超える登場人物
登場人物も多く何と1200人を超えるそうです。
新刊と次までの間が長いため忘れてしまう登場人物も多く、前の巻を読み直し、次々と遡って結局最初から読み返す…などという事を何度繰り返したことか。
とうとう主な登場人物をメモに書留めることにしたほどでした↓
5巻「花の回廊」では、尼崎の貧民窟“蘭月ビル”の見取り図を書き起こしてみたり↓

様々なテーマ、様々な人間模様の中で、今日は一つのテーマに絞って、思った事を書かせていただこうと思います。
その前に、物語のあらすじを…。
『流転の海シリーズ』あらすじ
舞台は戦後から戦後20年ぐらいまでの日本。
主人公・松阪熊吾に一人息子の伸仁が生まれるところから始まります。
熊吾は自動車部品を扱う会社を経営していましたが、体の弱い伸仁のために会社を畳み郷里へ戻ります。
数年後大阪へ戻りますが、不運や熊吾自身の杜撰な経営、虚栄心や嫉妬心から起こる人間関係のもつれ…などから事業の失敗を重ね、やがては女性に溺れ妻子からも愛想をつかされかけます。
そして、晩年には糖尿病が悪化しお金も尽きて、精神病院で最期を迎えるのです。
ダメな部分も多いけど
魅力的な主人公
…こうやってあらすじを書いてみると『ダメ人間の一生』みたいに受け取られそうですね~。
ても、実は熊吾は人間味あふれる親分肌の魅力的な人物です。
一人息子を何より大切に思い、妻を誰より愛する男なのです(DV夫でもありますが)。
そして、息子・伸仁や周囲の人々の生きる姿が生き生きと描かれるため、転落人生を描いているにもかかわらず、小説として重くなりすぎることがないのですよね。
私が絞ったテーマは『裏切り』
今回は一つのテーマに絞ったと書いた、そのテーマとは、ずばり『裏切り』です。
この小説の中で、主人公・熊吾は実に数々の裏切りに合います。
右腕ともいえる腹心の部下の横領、その横領をそそのかしたのは可愛がって育てたかつての従業員。
自然災害で苦境に立たされた後、何とか再起した時にも、従業員に会社のお金を持ち逃げされます。
またかと呆れるほど、同じ過ちを繰り返すのです。
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最終章『野の春』では、とうとう資産も底をつき、息子の学費を工面するのにも借金しなければならないところまで落ちぶれた様子が描かれます。
そして、もう裏切りにあうこともないだろうと(持ち逃げされるお金も残っていないので)思っていた物語の終盤、最後の裏切りに合うのです。
最後は金銭ではなく精神的な裏切り
裏切った相手は辻堂忠。
終戦直後の闇市で出会った元従業員です。
ここでの裏切りは、それまでのように金銭が絡むものではありません。
いわば『精神的な裏切り』とも言えるものでした。
具体的には、
成人した姿を一目見てもらおうと会社を訪ねて行った熊吾の息子・伸仁に、辻堂は「そんな人物は知らない」と門前払いをくわせたのです。
何だ、裏切りってそれだけ!?
…と思われるかもしれませんが、実は熊吾と辻堂の間には約束があったのです。
守ってほしかった約束
長崎の原爆で妻子を亡くして荒んだ生活をしていた辻堂を拾って仕事をあてがい、再就職の世話もした熊吾に辻堂は恩義を感じていました。
辻堂が熊吾の会社を辞めるとき、熊吾は辻堂に頼みます。
「歳をとってから生まれた伸仁(息子)が成人するまで自分は生きていられるかわからない。いつか伸仁が困った時は助けてやってくれ」
この願いに対し辻堂は、
「私は約束を守ります、きっとです」
と誓ったのでした。
それは大昔の、だけど決して反古にはしてほしくない大切な約束だったのです。
裏切りたくて裏切ったのでは
ないかもしれない
辻堂の伸仁への仕打ちに少なからずショックを受けた私ですが、そのうちこんな風に考えるようになりました。
“もしかすると、違う見方もあるのかもしれない”
実は辻堂は、保身のために裏切ったのではなく、「これ以上自分に関わるな」という思いで突き放したのかもしれない。
そうであってほしい。
そう考えてみたのです。
実際、人を裏切りたくて裏切る人間はそんなにはいないと思うのですよね…。
そうせざるを得ない状況の時もあるし、
恨まれても自分に関わらないほうがいいと相手の事を思っての場合もあるかもしれないし、
今の自分を見てもらいたくないと自尊心から拒絶してしまうこともあるかもしれません。
私自身の話ですが…
私がそう思うのは…カミングアウトします。
私も友人を裏切ったことがあるからです。
私はある日突然電話番号を変え、数人の友人との音信を絶ちました。
その時は、そうせざるを得ない事情があったので後悔はしていませんが、他の方法はなかったのだろうかと今も思うことがあります。
もう20年も前のことですが、今でも時おり夢に出てきます。
いつかもう一度会えるなら会って心から謝りたいと思い続けていますが、連絡先もわからず謝る機会は一生訪れないだろうと思います。
仮にどんな理由があったにせよ、私のした事は許されることではありません。
だから、謝る機会が訪れないことが最大の罰なのかもしれないと最近では思うようになりました。
自分の身になって初めてわかった
懺悔室じゃあるまいし、私の事はどうでもいいので、私のカミングアウトはさらっと流してくださいね~。
では、なぜこんな事をわざわざ書いたかと言うと、
もし、これを読んでくださっているあなたが、誰かに裏切られた事があるとしたら、その事でとても傷ついているとしたら、こんな風に思ってみてはどうかと思うからです。
もしかすると裏切った相手には、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない 。
その事でとても苦しい思いをしているのかもしれない と。
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私は友人からの音信を断ちましたが、逆に音信を断たれたこともあります。
断たれた時はとても寂しかったし悲しかった。
でも、自分が同じ事をしないといけなくなった時はじめて、その友人も自分と同じように辛かったのではないかと思えるようになりました。
そして、そう思うことで少し楽になりました。
名も無き男の大河小説
今回、「流転の海」から取り上げたテーマは『裏切り』でしたが、前述したように、いろいろなテーマがあり、いろいろ考えさせられる作品です。
もちろん、単純に名も無き一人の男の大河小説としても楽しめます。
興味があれば一度ぜひ手に取ってみてください(相当な長編ですが…)。
読まれる時は途中からではなく、ぜひ1巻『流転の海』からどうぞ♪
1巻はスタートダッシュの勢いがあって面白いし、人間関係が重要な物語なので、最初から読んでこそ楽しめると思うのです。
以上、今日は柄にもないシリアスな内容になってしまいましたが、この話題は今回きりです!
もともと、偉そうに他人にアドバイスめいた事をできるような人間でもないので、不快な思いをした方がいればごめんなさい!
また明日からは、毎日が少し元気になれるような内容をかければな~なんて思っていますので、またよろしくお願いします^^
本日はご訪問ありがとうございました!
一応広告を貼っておきますが、古本屋でも見つけやすい本だと思いますよ~♪

流転の海 第1部 (新潮文庫)

流転の海 第9部 野の春
この他の読書感想はこちら
【朝井リョウの直木賞作品『何者』を読んでミゾミソした】
【村田沙耶香の芥川作品『コンビニ人間』が問う“普通”】
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本日の日めくりカレンダーです。
11月16日(金)

『鹿を追う者は山を見ず』
目先の利益ばかりを追うものはそれ以外が目に入らず余裕がなくなること。
こんにちは、たき子です。
今日は、ある小説の話です。
ある小説とは、宮本輝の『流転の海』シリーズ。
『蛍川』で芥川賞を取ったこともある宮本輝の自叙伝的小説です。
この小説を読んだ事のない方や、今後読むつもりがない方にも伝わるように頑張りますので、よろしくお願しますm(__)m
執筆37年・全9巻の長編小説
私がこの小説に出会ったのは15年ぐらい前。
同僚にすすめられてのことでした。
当時4巻までしか発売されておらず、その後数年に一度のペースで新刊が出て、先だっての10月31日、第9巻『野の春』をもって完結しました。
執筆は実に37年。
この長い小説の総括は、いろいろありすぎて、とても私にはまとめられる技量がありません。

宮本輝の父をモデルにした松阪熊吾という一人の男性の半生であり、父と子の物語であり、母と子の物語でもあり、夫婦の物語であり、家族の物語であり、戦後史でもあります。
松阪熊吾という波瀾万丈な人生を生きた男を通じて、実にさまざまなドラマが描かれているのです。
1200人を超える登場人物
登場人物も多く何と1200人を超えるそうです。
新刊と次までの間が長いため忘れてしまう登場人物も多く、前の巻を読み直し、次々と遡って結局最初から読み返す…などという事を何度繰り返したことか。
とうとう主な登場人物をメモに書留めることにしたほどでした↓

5巻「花の回廊」では、尼崎の貧民窟“蘭月ビル”の見取り図を書き起こしてみたり↓

様々なテーマ、様々な人間模様の中で、今日は一つのテーマに絞って、思った事を書かせていただこうと思います。
その前に、物語のあらすじを…。
『流転の海シリーズ』あらすじ
舞台は戦後から戦後20年ぐらいまでの日本。
主人公・松阪熊吾に一人息子の伸仁が生まれるところから始まります。
熊吾は自動車部品を扱う会社を経営していましたが、体の弱い伸仁のために会社を畳み郷里へ戻ります。
数年後大阪へ戻りますが、不運や熊吾自身の杜撰な経営、虚栄心や嫉妬心から起こる人間関係のもつれ…などから事業の失敗を重ね、やがては女性に溺れ妻子からも愛想をつかされかけます。
そして、晩年には糖尿病が悪化しお金も尽きて、精神病院で最期を迎えるのです。
ダメな部分も多いけど
魅力的な主人公
…こうやってあらすじを書いてみると『ダメ人間の一生』みたいに受け取られそうですね~。
ても、実は熊吾は人間味あふれる親分肌の魅力的な人物です。
一人息子を何より大切に思い、妻を誰より愛する男なのです(DV夫でもありますが)。
そして、息子・伸仁や周囲の人々の生きる姿が生き生きと描かれるため、転落人生を描いているにもかかわらず、小説として重くなりすぎることがないのですよね。
私が絞ったテーマは『裏切り』
今回は一つのテーマに絞ったと書いた、そのテーマとは、ずばり『裏切り』です。
この小説の中で、主人公・熊吾は実に数々の裏切りに合います。
右腕ともいえる腹心の部下の横領、その横領をそそのかしたのは可愛がって育てたかつての従業員。
自然災害で苦境に立たされた後、何とか再起した時にも、従業員に会社のお金を持ち逃げされます。
またかと呆れるほど、同じ過ちを繰り返すのです。
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最終章『野の春』では、とうとう資産も底をつき、息子の学費を工面するのにも借金しなければならないところまで落ちぶれた様子が描かれます。
そして、もう裏切りにあうこともないだろうと(持ち逃げされるお金も残っていないので)思っていた物語の終盤、最後の裏切りに合うのです。
最後は金銭ではなく精神的な裏切り
裏切った相手は辻堂忠。
終戦直後の闇市で出会った元従業員です。
ここでの裏切りは、それまでのように金銭が絡むものではありません。
いわば『精神的な裏切り』とも言えるものでした。
具体的には、
成人した姿を一目見てもらおうと会社を訪ねて行った熊吾の息子・伸仁に、辻堂は「そんな人物は知らない」と門前払いをくわせたのです。
何だ、裏切りってそれだけ!?
…と思われるかもしれませんが、実は熊吾と辻堂の間には約束があったのです。
守ってほしかった約束
長崎の原爆で妻子を亡くして荒んだ生活をしていた辻堂を拾って仕事をあてがい、再就職の世話もした熊吾に辻堂は恩義を感じていました。
辻堂が熊吾の会社を辞めるとき、熊吾は辻堂に頼みます。
「歳をとってから生まれた伸仁(息子)が成人するまで自分は生きていられるかわからない。いつか伸仁が困った時は助けてやってくれ」
この願いに対し辻堂は、
「私は約束を守ります、きっとです」
と誓ったのでした。
それは大昔の、だけど決して反古にはしてほしくない大切な約束だったのです。
裏切りたくて裏切ったのでは
ないかもしれない
辻堂の伸仁への仕打ちに少なからずショックを受けた私ですが、そのうちこんな風に考えるようになりました。
“もしかすると、違う見方もあるのかもしれない”
実は辻堂は、保身のために裏切ったのではなく、「これ以上自分に関わるな」という思いで突き放したのかもしれない。
そうであってほしい。
そう考えてみたのです。
実際、人を裏切りたくて裏切る人間はそんなにはいないと思うのですよね…。
そうせざるを得ない状況の時もあるし、
恨まれても自分に関わらないほうがいいと相手の事を思っての場合もあるかもしれないし、
今の自分を見てもらいたくないと自尊心から拒絶してしまうこともあるかもしれません。
私自身の話ですが…
私がそう思うのは…カミングアウトします。
私も友人を裏切ったことがあるからです。
私はある日突然電話番号を変え、数人の友人との音信を絶ちました。
その時は、そうせざるを得ない事情があったので後悔はしていませんが、他の方法はなかったのだろうかと今も思うことがあります。
もう20年も前のことですが、今でも時おり夢に出てきます。
いつかもう一度会えるなら会って心から謝りたいと思い続けていますが、連絡先もわからず謝る機会は一生訪れないだろうと思います。
仮にどんな理由があったにせよ、私のした事は許されることではありません。
だから、謝る機会が訪れないことが最大の罰なのかもしれないと最近では思うようになりました。
自分の身になって初めてわかった
懺悔室じゃあるまいし、私の事はどうでもいいので、私のカミングアウトはさらっと流してくださいね~。
では、なぜこんな事をわざわざ書いたかと言うと、
もし、これを読んでくださっているあなたが、誰かに裏切られた事があるとしたら、その事でとても傷ついているとしたら、こんな風に思ってみてはどうかと思うからです。
もしかすると裏切った相手には、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない 。
その事でとても苦しい思いをしているのかもしれない と。
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私は友人からの音信を断ちましたが、逆に音信を断たれたこともあります。
断たれた時はとても寂しかったし悲しかった。
でも、自分が同じ事をしないといけなくなった時はじめて、その友人も自分と同じように辛かったのではないかと思えるようになりました。
そして、そう思うことで少し楽になりました。
名も無き男の大河小説
今回、「流転の海」から取り上げたテーマは『裏切り』でしたが、前述したように、いろいろなテーマがあり、いろいろ考えさせられる作品です。
もちろん、単純に名も無き一人の男の大河小説としても楽しめます。
興味があれば一度ぜひ手に取ってみてください(相当な長編ですが…)。
読まれる時は途中からではなく、ぜひ1巻『流転の海』からどうぞ♪
1巻はスタートダッシュの勢いがあって面白いし、人間関係が重要な物語なので、最初から読んでこそ楽しめると思うのです。
以上、今日は柄にもないシリアスな内容になってしまいましたが、この話題は今回きりです!
もともと、偉そうに他人にアドバイスめいた事をできるような人間でもないので、不快な思いをした方がいればごめんなさい!
また明日からは、毎日が少し元気になれるような内容をかければな~なんて思っていますので、またよろしくお願いします^^
本日はご訪問ありがとうございました!
一応広告を貼っておきますが、古本屋でも見つけやすい本だと思いますよ~♪

流転の海 第1部 (新潮文庫)

流転の海 第9部 野の春
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本日の日めくりカレンダーです。
11月16日(金)

『鹿を追う者は山を見ず』
目先の利益ばかりを追うものはそれ以外が目に入らず余裕がなくなること。